「平さんとのこと」
鵜山 仁(演出家)
シェイクスピアの『十二夜』、そしてエドモン・ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』。
幹の会での新作としては、この二本を演出させていただきました。
いずれ劣らぬ名作の、一方はマルヴォーリオ、もう一方はタイトルロールのシラノという、それぞれ怪物的な登場人物は、平さんにとっては勿論、やり甲斐のある魅力的な役であったに違いありません。
しかしこのやり甲斐を、果たして僕はよく引き立てることができたのか? 大きな心残りとともに、そんな問いを自分に問いかけずにはいられません。
平幹二朗には言うまでもなく、平幹二朗の美学、スタイルがあります。
それにのっかればとんでもない伸びしろが生まれる。それを逸脱しようとするとたちまち大きな軋みが生まれる。どちらにしても、演出者にとっては胸踊るチャレンジです。
ところが当時の僕にとって平さんはすでに完成された「作品」であって、それを自分なりの枠組みに盛り込むのは、かなり厄介な作業でした。
二作品での出会いからしばらくたって、新国立劇場の主催公演、ピランデルロ『山の巨人たち』で平さんに出演いただいたことがあります。
当時芸術監督だった僕は、ジョルジュ・ラヴォーダンというフランス人演出家の補佐的な立場で、平さんと稽古場をともにすることができました。実はその時初めて、素直な話し相手として平さんと接することができたような気がします。
何が面白いか 面白くないか、ざっくばらんに語りあう。
そうか、この呼吸でいいのだと、随分明るい気分になったことをよく覚えています。
なぜもっと早く、懐に飛び込んで行って正面から渡り合うような対決ができなかったのか…そんな反省を、せめてこれからの芝居作りに生かすことが、今となっては平さんの力を舞台に現在させるたった一つの手段になってしまいましたが…
不世出の名優とともに過ごした時間を、何とか明日の創造の糧にし、これからも僕にできる限り、平幹二朗さんの力を、伝えて行きたいと思っています。