「平さんとの思い出」
佐藤万里(演出助手)
平さんの眼はいつも前を向いておられました。
幹の会+リリックの公演でご一緒したのは『シラノ・ド・ベルジュラック』の演出助手を務めたときですが、ある日の稽古終わり、平さんに呼び止められました。
「絶版になった本を手に入れたいんだけど、どうしたらいいのかな。神田の古本屋を探してみたけど見つからないんだよ」
次回の幹の会公演は『冬物語』で平さんが演出をされることが決まっていて、白水社の戯曲に載っている7冊の参考文献を読んでみたいというお話でした。
いまほどインターネットの情報があふれていない頃です。数少ない古書サイトを検索しましたが見つからず、大学図書館の蔵書を探し、該当する章をコピーして平さんにお渡ししました。
かなりの量がありましたが『シラノ』の初日を迎える頃にはすっかり目を通され、参考にはなったけれどもっと違うアプローチをしてみたいと語っておられた姿が印象に残っています。
数年後、『鹿鳴館』で再びご一緒した際、平さんは稽古初日にわざわざ「『冬物語』のときはありがとう」と声を掛けてくださいました。そしてその数日後、新たなご相談を受けました。
「今度は『リア王』なんだけど、フランスの古い国旗と王冠のいろいろなデザインを調べたいんだ」
国旗は該当する本が図書館にあることを知っていましたので、カラーコピーをして翌日お渡しすると、「もう見つけてくれたのかい」と嬉しそうに受け取ってくださいました。
王冠はなかなか良い資料が見つからず、王冠が描かれた肖像画などをピックアップしてみたのですが、いまひとつピンときていないご様子でした。
後に『リア王』を観に行った際、王冠そのものというより意匠を凝らしたデザインの参考になるものを探しておられたんだなあとようやく理解し、考えが及ばなかったことを悔やみました。
いつも前を見つめ、新しい作品、新しい役にチャレンジしておられた平さん。
その眼が見つめておられた“次”をもう観られないことが残念でなりません。
白水社刊の私の『冬物語』にはいまも、図書館の蔵書を調べたときの請求記号のメモが残っています。
ねりま演劇を観る会