幹の会と株式会社リリックによるプロデュース公演の輝跡

第9回 「千秋楽」の地、水戸へ


35日(土)水戸芸術館
 
 午前中の常磐線特急「ひたち」で水戸へ。
梅の季節で、水戸の手前の「偕楽園前」駅辺りは賑わっている。
芝居の旅であちこちへ出かけたが、いつも劇場とホテルの往復で、現地の観光などしたことがない。仕事で出かけるのだから当たり前、と少しだけ羨ましく車窓からの風景を横目に、今日の会場「水戸芸術館」へ。
 
キャパシティは320、今までに回った会場の中では最も小さなホールだ。
しかし、音楽評論家の長田秀和が芸術の発展のためにと建てたホールで、今日も明日も完売、という嬉しいニュースが。
小さいながらも客席は三階まであり、東京・新大久保の「東京グローブ座」に似ている。
舞台の高さが充分に取ってあり、窮屈な感じはせず、むしろ贅沢に感じる。
シェイクスピア劇やギリシャ劇にはよく合う空間だ。
 
13:00
 
 場当たり開始。
この風景も見慣れたが、先月の八戸とは何となく空気が違うようにも思う。
あれから3週間以上が経ち、いよいよ明日千秋楽を迎える、という緊張感だろうか。
それとも、私が勝手にそう思い込んでいるだけか。約20分で場当たり終了。
 
 楽屋で顔なじみになった皆さんに「また来ました」と挨拶。
平さんは、扉を開けた瞬間、キラキラした顔をして、鷹揚な笑顔を見せてくれた。
「やぁ、いらっしゃい」との声が艶を帯びており、幕開き前から、嫌が上にも期待が高まる。
2月22日の北海道・江別市での公演が終わってから約2週間のオフがあったが、何も影響はないようだ。
 
22日の公演を終え、23日に北海道から飛行機で東京へ戻った日、一行の乗った飛行機が離陸した30分後に、千歳空港で飛行機が緊急停止し、乗客が避難する、という事故があり、テレビや新聞でも大きく取り上げていた。
「平さんは乗り物の運が強いんですよ。
平さんが乗った後でダイヤが乱れる、というのは前にもありました」とは制作の麻生さんの弁。
 麻生さんに「制作スタッフとしての、千秋楽の感慨は?」と聞くと、「事務的な仕事や残務処理がありますからね。ただ、翌日の移動や集合場所のお知らせをしなくていいんだ、と思うと、『あっ、千秋楽なんだ』と思いますね。
全部終わったな、と思うのは、東京へ帰っていろいろな仕事が終わってからです」との答え。
これは、どこの会場でも翌日の集合時間や移動先へのスケジュールなどが貼り出されており、各自がそれで自分の行動計画を立てるからだ。これも、制作の重要な仕事。
担っている仕事によっては、明日が千秋楽ではない、というケースもあるのだ。
 
14:00 『王女メディア』開演
 
 真正面の席で観劇。結論から言えば、非常に新鮮だ。
100回に近いステージで「慣れてきた」部分を、平さんは極力排除し、様式で芝居をしたり、歌いたくなるはずの場所の台詞を歌わずに、聞かせるように芝居をしている。
相手の台詞を聴いた上で、それをメディアの感情で受け止め、その答えを台詞として喋っている、ということだ。役者としての高等数学、とも言える技術だ。
 
非常に失礼な言い方をすれば、後二回の舞台は今までの方法で充分に通用するはずだ。
しかし、このオフの間に、平さんは更に自分を洗い上げたのだろう。
そこが新鮮に見えた部分なのだ。
 
 爆発的なカーテンコールの拍手と歓声に、キャストが何度も笑みを浮かべて挨拶をしている。
これも、明日が最後になる。
どんなに長い公演でも、絶対に千秋楽は来る。
いろいろな芝居の記念的な千秋楽に立ち会って来たが、東京ではない場所で、こうした体験をするのは初めてのことだ。
 
18:30 打ち上げ
 
 明日は、2:00からの公演が終わったら東京へ帰京というスケジュールなので、打ち上げは一日早い今日。
キャスト・スタッフ合わせて総勢30名を超える人々が、中華料理で打ち上げの席に付いた。
プロデューサーの秋山さんの挨拶の後、呑んだり食べたりと賑やかな集いだ。
三つあるテーブルの真ん中のテーブルにいる平さんは、悠然たる微笑みを湛えて山口さんや若松さんと楽しそうに食事をしている。
 
私は、それまで余り言葉を交わす機会がなかったスタッフの方々と一緒のテーブルで、芝居の話に花が咲く。
この水戸公演に駆け付けた関係者も加わり、テーブルに笑顔の花が咲いている。
今回の音楽を創った金子飛鳥さんが、特別にバイオリンで『メディア』の曲を生演奏してくれ、思わぬプレゼントに大喝采。
あっという間に2時間半が経ち、お開き。
 
 お店からホテルまでの10分ほどの道を、平さんとお喋りしながら帰る。
「明日が千秋楽でも、だからどう、というわけではなく、変わったこともしようとは思わないですね。
むしろ、いつも通りにやらないと」と。
確かに、こうした潔さを持ち合わせていないと、役者の仕事は続けることはできないのだろう。
舞台の感動は、幕が降りた瞬間に観客の胸に刻み込まれるのだから。
また、平さんが関わってきた「三人の演出家」との関係性を私なりに整理した話をする。
 「最初の千田是也さんからは『役をリアリズムで考え、演技を掘り下げる』
ことを、次の浅利慶太さんからは『台詞の朗誦術のあり方』を、そして蜷川幸雄さんからは『舞台での見せ方』を更に磨き上げることを学ばれたのではないですか」
 という私の意見に、平さんは 「最初の二人はそうですね。
ただ、蜷川さんの分析は少し違うかもしれませんね」との答え。
話している間に、もうホテルだ。「蜷川さんとの関係性」については、私の宿題にさせていただいた。
 ロビーで別れ、部屋でこの原稿を書いている。
間もなく日付が変わる。明日のために私も体調を整えておこう。
いつもよりも早いが、今日は床に就くことにする。
 


千秋楽を終えた後の水戸芸術館。暮れかかる中に、屹立するタワーとイルミネーション。白い花のような光は、平さんへ『お疲れ様でした』と言っているように見える