幹の会と株式会社リリックによるプロデュース公演の輝跡

「センセ」

廣田高志

 「いい音が出せる様になったね」
 
 これはずっと「下手! 下手クソ!」 「あんた役者なの?」と言われ続けた私が、舞台でご一緒させて頂くようになってから十余年後に初めていただいたホメ言葉です。 
あれは幹の会ツアー中の移動日の夜、食事に誘われて寄った寿司屋のカウンターでした。
 後輩と三人で行ったのですが、その彼がトイレに立った時にポツリと。とても嬉しく、その時のお酒のなんと美味しかった事か。散会後ホテルの自室で缶ビール片手に一人嬉し泣きしたものでした。
しかしその後、こんな事は何回もありませんでした。
 
当たり前ですが。
 
 平さんの傍で四半世紀勉強させて頂きましたが、まだまだとの思いを痛感しております。
 平さんのあの集中力、「凄い」という思いを越えて「恐さ」さえ感じさせるものがありました。
そこには役に対してのサブテキストを深く広く掘り込んでいく探求心。
このセリフはなぜ発せられるのか?それを言う心情は?そしてそのセリフの力は?音は?上げるのか下げるのか。
 当然の事ですがハッキリと分かり易くといった言葉への追及、そして相手役、芝居全体に対しての集中力。
 
 又、映画・芸能・音楽等の造詣の深さに感服せざるを得ませんでした。
自分への厳しさ、それに対する努力。もっともっと見習わなければ、もっと自分をいじめなければ・・・。
 
 そんな平さんのお茶目な部分を一つ。幹の会のとあるツアーの帰京日。
羽田空港での解散となり、私は電車で自宅に戻りました。
しばらくすると携帯が鳴り、表示は平さんでした。
開口一番「今、何処にいると思う?」続いて「京急川崎のホーム、途中で乗り換えるの忘れちゃった。
はっはっはー、じゃあねぇ~」で、電話は切れました。
あの京急のホームでリュックを背にした平さんがニヤニヤしながら電話を掛けている姿を思い浮かべ大笑いしてしまったものでした。
 
 色んな側面を持っていらした平さん、厳しくて、恐くて、優しくて、格好良くて、ニンニクが駄目で、笑顔が素敵でお茶目で・・・。
私はそんな人間味溢れる平さん、役者平幹二朗が大好きでした。
 
 「センセ」ともう呼べないのが悲しくて・・・夢の中でまたダメ出ししてください。
 
 ありがとうございました。