幹の会と株式会社リリックによるプロデュース公演の輝跡

 

「平さんを想う」

三田和代

 
 どういう巡り合わせか知らないが、私はいつも平さんに恋い焦がれ片想いのまま捨てられる、そんな役柄が多かった。
二十三歳の時、舞台デビューした『アンドロマック』のエルミオーヌ役がそうであったように、その直後のNHKテレビの大河ドラマ『樅の木は残った』でも、私は平さん演じる原田甲斐の正妻の役で、妻なのに愛されないいつも後ろ姿ばかり追いかけ、そして追いつけない気の毒な役どころだった。
平さんは俳優座養成所の五期生、私は十五期生。大先輩で近寄り難く、年齢も九歳年上だし、何しろ演じる役がいつも“愛されない”役どころだから、普段は近しい会話もなく、ただただ「すごい俳優さんだなぁ」と尊敬の眼で見上げるだけの、はるか遠い存在だった。
 それが、2006年幹の会の『オセロー』上演の際、奥さんのデズデモーナ役で声をかけていただいた。
勿論オセロー役は平さん、演出も平さんだった。私は生まれて初めて平さんと相思相愛の役を演じる事が出来たのだ。
最後は愛され過ぎて、首を絞められて殺されてしまうのだけれど。
私は天にも昇る気持ちで、百回近く殺された。その頃、平さんはすでに七十代、私も六十代に突入していて、長い旅公演はきつかった。二人でよく劇場の近くのクリニックで点滴してもらったり、マッサージを受けたりしたものだ。
平さんはその日の舞台をベストの状態で迎えるために全精力を注いでいた。
そんな折々は、平さんを想う時、忘れられない愛しいひとときとなった。
 昨年、突然平さんの訃報を聞き、私は言葉を失った。
常に圧巻の激烈な演技で見る者を魅了し続けた人が、あっさりふいといなくなるなんて…。
呆然として言葉の無い日々が続いたが、この頃やっと、あの大きな背中にボソボソと声をかけている。「平さん、私もすぐそっちへ行きます。
振られる役でも嫌われる役でもかまわない。又、一緒に舞台をやりましょう。だから、待ってて。」